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福岡いのちの電話会報

巻頭から

 
 120号・・・・・・125号(最新号へ)

         

 

 


   
NO.119

「福岡いのちの電話」三十周年を 寿ぐ

福岡いのちの電話 元事務局主事  今村 明子
      
 (一般社団法人 福岡デンマーク協会 理事長)      

 この度、「福岡いのちの電話」が三十周年を迎えられましたことを、心よりお慶び申し上げます。

 こうして30年も続いてきたということは、直接関わってこられた理事・相談員・事務局の方々と、資金面や様々な形で支えてこられた方達のたゆまぬ努力の結実とも言えます。これは、福岡の地域力を表しているとも言えるのではないでしょうか。

 私は1期生としてこの活動に関わり、3周年を迎える頃に請われて事務局に入り、運営に携わりました。開局の場所は今の所ではなく、呉服町の角の古い小さなビルの2階でした。狭い階段に足元を照らす裸電球が電線で吊り下げられていたのを懐かしく思い出します。最初は電話が鳴る度にドキドキいたしましたし、お話しを聴くときも声が震える思いでした。

 事務局入りしてからは、翌年(4周年)24時間年中無休体制に移行。5周年で社会福祉法人格の取得、6周年で全国研修会『福岡大会』開催、7周年で「後援会」の設立、と、めまぐるしい日々が続きました。全国研修大会の時(1991年)は、全国に被害をもたらした超大型台風19号に2日目に直撃され大変な思いを致しましたが、今では懐かしい思い出です

 さて、「聴く」ということは簡単なことではありません。電話相談は相手が見えませんから更に難しいことです。心を傾けて耳を澄ませて受容的に聴き、見えない相手の置かれている状況、心の模様を理解することに努めて、初めて共感の言葉が生まれます。そのプロセスは決して優しいばかりでは済まないものがあります。終わりも双方が満足のいくものばかりではないでしょう。その、ざわざわと心にそぐわないものを抱える、それも相談員の通る道です。

 30年の間に社会の状況は変わり、相談の内容も変化したことでしょう。

 ボランティアとは「志を持って自ら志願する」ものです。時代の変化で前よりも「心の居場所」を失った人は増え、心に寄り添うことは、以前より複雑になっているかもしれません。志を高く持って、その変化に対応し、基本を守り、感性を磨き、研鑽を積むことが必要とされるでしょう。

 「心の居場所」を失った人達にとって、気持ちを受け止めてくれる「場」があることに、どれだけ救われる思いをしていることか!!

相談員の方々、理事、サポートに携わっている方々のご健闘を祈ります。

 
         
 

 

     
NO.118

感情を言葉にすること、聴くことの大切さ

福岡いのちの電話理事・医師  久保 千春
         
九州大学総長(2014年10月から)

私は心身医学、心療内科を専門にしてきました。心身医学はこころと身体の結びつき、すなわち心身相関について研究する医学です。心療内科では、主に内科領域の心身症、たとえば過敏性腸症候群、気管支喘息、過換気症候群、緊張型頭痛、片頭痛、慢性疼痛や神経性食欲不振症、過食症、うつ病、不安症などを対象疾患としています。心理社会的因子すなわちストレスは病気の発症に大きな影響を及ぼしています。
 治療は患者を「病を持った人間」としてとらえ、身体的・心理的・社会的・実存的側面から統合的に理解し治療していきます。良好な患者-治療者関係を基に、まず身体療法を行います。不安、うつ、不眠を伴っている場合は、症状に応じて薬を用います。そして睡眠、食生活、運動、仕事、飲酒や喫煙などの生活習慣は、各種の生活習慣病、慢性病の発症・持続・増悪と密接に関連するので、これらのバランスがとれるような指導を行います。これらの治療に加え、心理療法を行います。面接が主体ですが、患者の年齢や病態に応じて認知行動療法、自律訓練法、絵画療法などの治療法も用いられています。
 いのちの電話でも相談員の方々はいろいろな

方々の悩みを聴いておられますが、聴くことに関しての興味ある研究についてご紹介します。
 
自分の感情を口に出すことで気分がおさまる機序についてアメリカのカリフォルニア大学の研究者が機能的磁気共鳴画像法(fMRI)という造影法を用いて調べています。感情を言葉に出した場合、脳の扁桃体と呼ばれる部分の活動が低下することを認めています。脳の扁桃体は恐怖、パニックなどの異常事態に際して反応しますが、この活性が低下したことは脳の中の感情の回路が抑えられていること、すなわち心が安まっていると考えられます。一方、右側の前頭前野脊外側領域活性が上昇していました。大脳皮質のこの部分は感情を調節しており、この部分が活性化していることは、感情の調節がうまくいっていると考えられます。
感情を言葉にするためには、相談員が相談者の悩みに共感的に聴くことが大切です。相談者は話すことで感情が発散されて気持ちが安定し、自分の感情にも気づいてきます。また、相談者ができていることを見つけて返してあげることも必要です。そうすることで相談者は「理解されている」と思うと同時に、今後の方向性が見えてきます。

 
         
 

 

     
NO.117

待 つ こ と の 大 切 さ

福岡いのちの電話副理事長・牧師  濱生 正直
   (前
学校法人九州聖公学園理事長)

今から30年前のお話です。タイのカオイダンの難民キャンプの病者テントにひとりの子が送られてきます。一言も喋らず空を見つめたままの子でした。衰弱し切った体は熱帯性悪病の菌にとっての絶好の獲物であったので、病気をいくつも持っていました。薬も流動食もてんでうけつけません。国際赤十字の医師団は匙を投げてしまいます。
 その時、ピーターと呼ばれる、アメリカのヴォランティアの青年が「その子の世話をさせてください」と申し出ます。ピーターはその子を昼も夜も抱き続けます。子の頬を撫で、接吻し、耳元で子守唄を歌い、2日2晩、ピーターは用に立つのも惜しみ、全身を蚊に刺されても動かず、子を抱き続けます。
 3日目に反応が出ます。ピーターの目をじっと見て、その子が笑ったのです。
 ピーターは泣きながら、食と薬をその子の口に持っていきます。子は食べ、薬を飲み、その子は生きたのです。
 これは犬養道子さんの「人間の大地」という、難民キャンプの報告書に載せられているお話です。犬養道子さんは「幼心に、これ以上生きて何になる」という閉ざされた心を、「自分を愛してくれる人がいた。自分を大事に思ってくれる人がいた。自分は誰にとってもどうでもいい存在ではなかった」という意識と認識が開かせた、といっています。
 わたしはいのちの電話に関わらしていただく前は、なるべく人より多くを語り、話題を提供し、その場をリードすることが好いことであると思っていました。そして、それができない自分をダメな人間だと思っていました。いのちの電話で学んだことは「語る」ではなく「聴く」ことの方が大切であるということです。沈黙ほど大切なことは無いとのことです。会議等で沈黙が続くと、何か話題を切り出さないといけないとあせってしまいます。最近は、そこに深い意味があるのだ、と思い沈黙を守ることができるようになりました。「聴く」も「沈黙」も「待つ」につながっているように思われます。じっと愛情を持って相手の様子を見ながら待ち続けるとき、こちらの思いが伝わっていくのではないでしょうか。ピーターがひとりの子に愛情を持ちながら、様子を見つめつつ、待ち続けたときに奇跡が起きたようにです。

 
         

 

 


   
NO.116

後援会会長に就任して
福岡いのちの電話後援会会長 小川弘毅
    
(西部ガス株式会社相談役)

謹んで新年のご挨拶を申し上げます。この度、福岡いのちの電話後援会の会長に就任いたしました小川弘毅でございます。就任に当りまして、一言ご挨拶をさせていただきます。
 まずもって、年末年始も休むことなく受話器を握り、心の危機に直面した方々の訴えに耳を傾けておられるボランティア相談員の皆様、及び役員等関係者の皆様のご苦労とご尽力に対し、深く敬意を表する次第です。
 平成6年7月に発足いたしました福岡いのちの電話後援会も、本年で20年目を迎えます。これまで、後援会の目的である財政的基盤の安定を目指して、企業・個人へ呼びかけを行い、寄付会員の拡大に努めるとともに、チャリティバザーやイベント等を実施し積極的に支援してきました。
さて、警察庁の発表によると、昨年の自殺者数は減少し3万人を下回りました。これは官民一体となって取り組んだ、自殺防止対策効果の現れであり「いのちの電話」等の地道な活動が、着実に成果を上げているものと確信しています。一方では、自殺者に占める若者の割合は高まっており、2〜30代の死因の第一位は自殺であり、深刻な状況にあるといえます。一昨年内閣府が公表した「自殺対策基本法」の見直し案にも、若者の自殺予防を大きな課題としてその支援強化を推進しています。福岡いのちの電話においても、そのような若者に向けて、インターネット(メール)相談にも取り組んでいると聞いております。常に現況を捉えて迅速且つ多様に対処する事こそ、まさにこの活動の重要なポイントではないかと考えます。
 
昨今、様々な事情により、相談ボランティアの方々の個々の負担と労力が増していると聞いております。通話者の重く深刻な相談に丁寧に耳を傾け、共に考えることは、とてもエネルギーを使い、大きなストレスになると思いますが、その大きな負担と労力に頼らざるを得ないのが現状です。来年の開局30周年にあたり、このように腐心されているボランティアの方々の、こころのエネルギーを支えるという観点から、研修や自治的活動を支援できる組織体制と機能について、あらためて検討し具体化していく予定と聞いております。当後援会といたしましても募金活動等を通じ、これまで以上に安定した運営のもと、皆様が少しでも良い環境の中で安心して活動に臨まれるよう、支えていきたいと考えております。福岡いのちの電話活動がますます充実していくことを願って後援会会長就任のご挨拶と致します。
 

 
         

 

 


   
 NO.115

開局30周年を迎えるにあたって
  社会福祉法人福岡いのちの電話
     理事長 林 幹男

 今年の10月をもって福岡いのちの電話は開局30周年を迎えることになります。76名のボランティアによる14時間(日曜日を除く)の相談体制から、徐々にボランティアの数を増やしつつ8時間、10時間、そして200名余のボランティアで24時間年中無休の相談体制へと活動を拡大してきました。詳細な統計データはともかく、この間、相談員としてかかわっていただいたボランティアは1,000名を超え、受けた相談件数も60万件を超えていると推測します。また、こうした活動を物心両面で支えていただいている後援会役員・団体、千人会をはじめとする市民、行政関係者、法人役員の皆様にはあらためて感謝申し上げます。 
 現在では、電話相談に加え、FAX相談、インターネット相談とコミュニケーション・システムや機器の多様化に応じた体制を敷くとともに、政府(厚労省)の助成を受けた日本いのちの電話連盟事業としてのフリーダイヤル「自殺予防いのちの電話」事業にも参加しております。また、最近の2年間は東日本大震災の被災地域限定の電話相談事業「震災ダイヤル」にも協力してまいりました
 しかし、社会や時代の要請、いのちの電話の存在意義とはいえ、これらの活動を継続することは決して容易なことではありません。経済事情や個人のライフスタイルの多様化等が背景にあるのか、昨今、漸減傾向にある相談ボランティア数でもっての活動は個々のボランティアの大きな負担と労力に依らざるを得ない状況にあります。それでも粛々と担っていただいているボランティアの方々には、組織代表者として、ただただ満腔の謝意を捧げるしかありません。 
 その意味では、いのちの電話に日常の不本意感を様々なかたちで寄せられる利用者のこころに対して真摯に対応することに日々努力、腐心されているボランティアのこころを支えエネルギーの充填という観点から、研修や自治的活動を支援できる組織体制と機能について、開局
30周年を機に、あらためて検討したいと考えております。また、市民の皆様にもそうした私どもの姿勢と努力に、これまで同様、ご理解とご協力をたまわりますよう謹んでお願い申し上げます。

 
         

 

 


     
NO.114

子 ど も の 心 の 健 や か な 育 ち
 ふくおか子どもの虐待防止センター代
 医療法人 松本小児科医院 理事長
   松本 壽通
            (福岡いのちの電話 千人会会員)

 こどもの心の健やかな育ちを考える上に興味ある事実が紹介されたことがあります。子どもの心(情動)について文部科学省の検討会は近年、感情をうまく抑制できない「キレル子ども」の増加が指摘されていることを受けて、脳科学や医学、教育心理学などの専門家が検討しました。その結果、これまでの研究から科学的に判明したものとして、@情動〈心〉は生まれてから3歳ぐらいまでに安定した心の発達をはぐくむことが必要で、5歳ぐらいまでに心の原型が形成されること、A子どもが安定した自己を形成するにはとくに保護者(ほとんどの母親の場合が多いので、以後母親と致します)の役割が重要であることと同時に、「愛着」の必要性が強調されました。愛着(attachmennt)とは子どもが生まれると本能的に母親への接近を求め、これに応えて母親もわが子に対して母乳を与える、見つめ合うなど基本的な子育て行動で応えるという相互の親和性のことで、「心の絆」と訳されることもあります。この相互交流の体験を満足感をもって、かつ持続的に重ねることこそヒトの生存や対人関係の基礎として、子どもの心の健全な発達の上に非常に重要なことが、多くの研究から確かめられています。解り易くいえば、子にとって不安なときに頼れる人がそばにいるかいないかが愛着の原点といえます。すなわち児にとって母親とは児の要求する授乳、抱擁、声かけ、あやすことなど、児と母親との間の頻繁で持続的な身体接触による母子の愛着行動によって、その時々の要求をすべて受け入れて自分を守ってくれる存在です。従って母親は、絶対的な信頼を寄せて全面的に依存していけるものという、「母親は自分の安全基地である」と児が確信している状態は、児にとって心の健康といえます。                 また、家庭内の不和、学校での長期にわたる陰湿ないじめなどにあった場合、乳幼児期に経験された虐待によって自殺をふみとどまる力となる自尊心が欠落する恐れがあります。このような子ども達にとって、母性的な肌のぬくもりを経験することなどによって愛着をきづくことができない不適切な環境のもとでは、心の傷をケアしてゆく環境が是非とも用意される必要があります。そのための社会的養護として乳児院や児童養護施設などの施設養護がありますが、施設養護の場合、多人数のため、どうしてもきめの細かい養護が困難で、さらに2歳になれば乳児院から児童養護施設に移る措置変更がなされます。しかしこの年代は分離不安が強い時期であり、愛着関係をしっかり築くためには養育者との断続的な暖かい関係が必要となります。そのため「子どもの村福岡」をはじめ、里親による愛情豊かな家庭的養護が求められています。今、私達は愛着の大切さについて、再度認識することが求められています。
 
         

 

 


   


NO.113

傷 つ い た 支 援 者
 田村 毅:精神科医 田村毅研究室
       東京いのちの電話顧問

 私は4年前、心臓を持病に持つ妻を突然心筋梗塞で亡くした。
何度も同じ夢を見た。妻が生き返り再会の喜びに泣き、夢から目覚めて現実に戻ってまた泣いた。気持ちがどうしようもなく夜に友人たちに電話しまくった。いのちの電話は利用しなかった。今から思えば利用すれば良かったと思う。お葬式には妻の学生時代の親友が福岡から駆けつけ弔辞を読んでくれた。若い頃は夫婦単位でよく交流した仲だった。3ヶ月ほど経ち会葬御礼を兼ね福岡まで日帰りで訪ねた。太宰府を案内してもらい、並んで歩いているとふと妻と歩いているような錯覚に陥った。たくさん泣かせてもらった。
 自分や小中学生の3人の子どもたちが「うつ」になることが不安だった。不眠や食欲不信、仕事をする気力を失ったり、厭世的になったりしたら仲間に薬を処方してもらおうと思った。幸い、私にも子どもたちにもそのような症状は出現しなかった。
 専門家にも相談した。カウンセラーをやっている私がクライエントとなり、定期的にカウンセリングを受けた。それは4年経った今でも継続している。
 私はこの4年間で何かが大きく変わったように思う。一体何が変わったんだろう?
 第一に住む世界が小さくなった。以前は生き甲斐を社会という大きな枠組みの中に位置づけていた。大学教授や医師という社会的役割を担い、授業や診療やメディアを通してより多くの人々に自分の存在を知らしめたいと思った。それが妻の死後は家族や友人、臨床で出会う患者さんなど、より近い関係性を求めるようになった。大学教授を辞めて精神科を開業したのもそういう理由からだった。
 第二に、他人の苦しみや痛みを深く実感できるようになった。やっとユングのいう「傷ついた支援者 (wounded healer)」になれた。自分で痛みを体験していないと、他者の痛みを想像や理屈で理解するしかない。今までは人の痛みを上っ面しかわかっていなかったんだなとつくづく思う。
 第三に、痛みを修復し乗り越える体験を得た。自分をわかってくれる相手、気持ちを受け止めてくれる相手の存在によってどれほど救われたことか。子どもたちは生きがいを作ってくれた。青年期以降、親との関係は自分の中で既に「済んだ」関係と思っていた。今回、私を見守ってくれる老親の存在がとても心強かった。

 

 

 


   

NO.112
雑感「おしゃべり募金箱」
 田中 恭之助:福岡いのちの電話後援会理事
        福岡いのちの電話前理事長・顧問
        (田中内科クリニック名誉院長)

 昔から、貯金箱は無駄使いを慎み貯金するのが目的です。初めのうちはよいが、あまり日時が経たずして貯金箱は何処にいったか、貯まる気配は消えうせて行方不明の道をたどります。「勝つまでは欲しがりません」の時代を生きた者は貯金箱に奇妙な愛着がありますが何故でしょう。
 「福岡いのちの電話」の維持管理費用は収益事業がありませんので、発足当時の募金委員会は頭を悩ませました。幸いなことにエース電研の山田さん、南蔵院の林覚乗和尚さん達と知恵を絞りました。個人対象の千人会、法人を対象とした法人会を主な手段として、いのちの電話後援会を立ち上げ、趣旨の宣伝、参加御案内をスタートしました。お二人とも社会的機知に優れ、多彩な活動のベテランで様々なアイデア意見が交わされました。
 「オシャベリ募金箱」は、ありきたりな選択なようですが、お金を挿入すると間を置かずして入った金額と総計額をアナウンスします。この発生音がなんとなくユーモラスで、挿入した人もその場の雰囲気も「ニヤ〜、目と目で会釈している」ゆるやかな空気の流れ、何か善いことが発生した気分が漂います。
 病院の待合室に20年近く設置していますが、今年100万円を超えました。誘い水で時々、私も参加しま
すが、募金される方々の表情は皆さん平穏で、しかも幸せのオーラが漂っています。5万円貯まると事務局に持参します。現在、21回募金が進行中です。我がクリニックにも何か善い事・・・?が醸し出されるようです。現実に、募金箱のカウント外になっていますが、意義に共感して個別で100万円も頂いています。人は善行によってさらに自分を高めようとします。
 話は別ですが、私のボランティア活動に九大から杉山賞を頂きました。先程の20年以上続いている働き者の「募金箱」のせいもありましょうか?九大の開講記念会の席で「いのちの電話」紹介講和をさせられました。
 ボランティアとして「いのちの電話」に参加してきましたが、最近のいじめによる児童生徒の自殺は心悼みます。あまり報道されない、残された両親身内の方々の心の内は察するに余りあります。「なんとか、セニャ イカン・・・」。
 新しき年、今年も前に進む活躍するいのちの電話の足音が聞かれますように念じています。


 
         
         
 

    NO.111
「福岡いのちの電話」に参加し連想すること
 川嵜 弘詔:九州大学大学院医学研究院精神病態医学准教授
       (福岡いのちの電話・教育委員)

  2011年の11月から「福岡いのちの電話」の理事を拝命させていただき、もうすでに早いもので、一年が過ぎようとしている。その間に、理事会にも出席させていただき、教育委員会の理事もさせていただき相談員の方のスーパービジョンのレポートも拝見する機会に恵まれた。また、研修セミナーの講師も担当もさせていただき、自分としては、与えられた役割から、「福岡いのちの電話」の活動を種々の視点から考えさせていただく非常に貴重な機会を得ることが出来た。
 「福岡いのちの電話」では、利用者とボランティアの相談員が、電話というツールを使って、ある種限定された中でのコミュニケーションを行う。その時に、電話という枠組みでのつながりに何が出来るのだろう、その枠組みの制限が、限界に見える。しかし、その枠組みがあるからこそ、可能なこともあるだろう。相手の顔が見えない、相手の状況が分からない、たくさん聞きたいけれど、時間の制約があるなど。そうなのであれば、そこに何とか工夫はないか、知恵はないか、自分が関わることによって、自分らしく何をすればいいのだろう。自分らしさは、押さえなければならないのか。非言語的なコミュニケーションが見えない、こちらも使えない。とても高度な技術を要求されるだろう。例えば、相手に同情せずに共感するとはどういうことか?相手を十分に細かい事実を聞くことによって、理解したとしても、それが「受容」なのだろうか。相手の経験と自分は同様の経験をしているから、共感できるのだろうか。それは、共感だろうか。あいづちや繰り返しだけで、信頼関係が出来るのであろうか。そもそも、一回しか話さない利用者に信頼関係など必要なのだろうか。相手の身になる技法だけが、受容の方法なのか。想像力も必要だろう、利用者の周囲の家族に思いをはせる、広い意味の受容というのは、誠実で嘘のない柔軟性のある関係性にしか成り立たないのではないか。電話でそれをどうするか。自分が関わることによって、相手に副作用はあるのだろうか。自分に対する有害な作用をどのように対処するべきなのだろうか。相談員はどういう役割が妥当で適切なのだろうと広い視野に立って考えてみる事が必要なのだろう。「福岡いのちの電話」、想像力豊かな様々な真摯な疑問に対するシステムが、きちんと準備されていると信じたい。
 人間関係が希薄になっていると言われる。どうしてだろう。人間自体も希薄になっているのだろうか。コミュニケーションを信用できなくなっているだけではないか。それでも、人と人との間で埋め合わせることが出来るものを希求してどこかの無名性の第三者である相談員に話を聞いてもらいたくて電話をしているのではないだろうか。人と人との間で埋め合わせが出来る事というのはどんなことなのだろうか。何故、人と話すと癒やされるのだろうか。「福岡いのちの電話」で大事にされる傾聴というのは、一体どういうことなのだろうか。何故傾聴が大事にされるのだろうか。傾聴することによって、何が生まれるのか。傾聴する態度を、邪魔するものは何だろうか。そのようなことを、時間をかけて、解決していくことは、自分という存在を知り、いのちの大切さを自ら知り、死生観を形成していくことになるのではないだろうか。
 そんなことをいろいろと連想し考えながら、「福岡いのちの電話」に参加させていただいている。今までの経験は、とても得がたいものであった。これからもそうだろうと思っている。

 
 
       
      NO.110
どんなにつらくても 生きていて欲しい
 和智 凪子:和智法律事務所・弁護士(福岡いのちの電話後援会理事)

 父が亡くなったとき,「取り返しがつかない。」とはこのことだと実感しました。死なれてしまうとどうしようもないということがよく分かりました。病気で老齢であって,父の死は全く予期しないことではないし,親が自分より早く亡くなることは自然の摂理でもです。
 それが,我が子であったら・・・それは,考えることすら,耐えられません。
 私の身近に若くして自ら死を選んだ人がいます。その時の衝撃は今でも心に残っています。今,思い出しても涙が出そうです。最後に彼と会ったのは,裁判所の裏門の手前にある満開の桜の木の下でした。私は彼が悩みを抱えていることなど全く気がつかず,気楽に声を掛け,いつものようにちょっと立ち話をして別れました。その後,ひと月かふた月後に彼は亡くなりました。何故,彼が死を選んだのか,誰にも分かりませんでした。若い彼には輝かしい未来があると周りの誰もが信じていました。仕事もでき,優秀で,スポーツマンで,誰からも好かれ・・・彼のことを悪く言う人は誰もいませんでした。
 私は後悔しました。私に何かできることがあったのではないかと彼との過去を振り返り自問自答しました。でも,もう取り返しがつきません。亡くなられたらどうしようもないのです。
 私でさえ,彼の突然の死は未だに何故?と思います。数年が経ちましたが,まだ悲しいです。彼にはお母様が残されました。お母様の苦しみや悲しみは想像を絶するものだと思います。同じ子どもを持つ親として,言葉もありません。何もできません。やはり私は人の死については全く無力です。生きていてほしかったと思うばかりです。
 会報によりますと,昨年度だけでも,「いのちの電話」の皆様が相談を受けられた件数は,電話が20,100件,インターネットが2,675件と多くの相談が寄せられたということです。皆様への電話でほっと一息つかれた方もたくさんいらっしゃるでしょう。死ななくて済んだ方もいらっしゃるでしょう。今後も電話の向こうの方に優しく声を掛けてあげてください。1人の人にはたくさんの関わり合う人がいます。その方がいなくなったことにより,親はこれ以上ない苦しみを受け,兄弟も深い悲しみを味わいます。友人も悲しみを味わいます。何より亡くなった方は,もうそれで終わってしまいます。命は大事です。

 
         

 

NO.109
「死生観を問い直した大災害」
  斎藤 友紀雄:日本自殺予防学会理事長、日本いのちの電話連盟理事


 東日本大震災が発生後しばらくして、“自殺予防どころではない”などと牽制されたことがあります。しかし日本いのちの電話連盟は全国の傘下いのちの電話と連携して、通常の電話回線とは別のフリーダイヤル「いのちの電話震災ダイヤル」を設置、毎月千件の相談を受けつつ今日も続いています。この「震災ダイヤル」は被災地4県の被災者だけが利用できるもので、当分の間、被災者のために相談を継続する予定です。 
 あれからちょうど1年、これを書いている3月はじめには、悲嘆の記念日反応といって、あの時が再来したかのような、激しい悲しみに襲われている被災者も少なくないでしょう。
大震災から受けた重大な影響は、単に心身の痛みや悲しみというだけでなく、一人ひとりの人生や生きざまを大きく変えたともいえます。
 作家の寂聴さんは被災地を行脚、「震災は天災だけど原発は人災」と断罪、さらに語ります。「人はどう言っても私はこう思うという信念を貫いてください。何でもいい。自分にできることをすれば思いは必ず届く。東北の人たちは、私たちの代わりに災害を受けてくれた。絶望しないでください。どんなに苦しくても同じ状態は続かない」
 「被災者が苦しみを引きうけた」という認識には議論があるでしょうが、聴衆は涙を流して頷きました。同じ目線で語る寂聴さんへの共感があったからでしょう。
 また作家の伊集院静氏は3月の大震災と福島原発爆発の直後、フランスの友人から「住まいも仕事も用意するからこちらに来ないか」と移住を勧められたそうです。しかし氏はこれを謝辞「60歳を越え、死を身近なものとして受け入れており、この大きな災害が何であるかを現場で見つめ、小説家として何ができるかを実践したい。神の存在を考える最良の時だと思う」と友人に伝えたそうです。かつて氏は信仰を持つ夫人に、「神が君たちに何をしてくれるのか」と無神論者の立場で尋ねたところ、夫人はこれに対して「どんな時も、そばにいてくださいます」と応じたそうです。(伊集院静「旅先でこころに残った言葉」(ダイナースクラブ月刊誌『シグネチャ―』10月号、2011)
援助活動は以上のようなエピソードのように説得をすることではありません。しかしまず援助する側が、信条の違いを超えて凡そ真実なことをひたすら求め、より確かな死生観を持つべきでしょう。このような生きざまこそ周囲に安心と希望を与えると思います。

NO.108
「希望の光といのちの電話」
出村 和子:社会福祉法人「仙台いのちの電話」理事長


 『希望という名の光 A Ray of Hope』・・・それは昨年仙台で開催された全国研修大会最後のエンディングメッセージ、山下達郎作詞・作曲の歌です。出席された方なら想い出されるでしょう。会場いっぱいに射したあの一筋の光を。
 そうです。どんなときでも『あなたを照らし続ける希望という名の光』があることを、今回の東日本大震災から学ばされました。誰もが予想しなかった3月11日の大地震と津波の到来。そして原発事故から、ちょうど9ヶ月目を迎えようとしています。
 家族や愛する人のいのちを奪われ、家を流され、転居を迫られ、いまだに避難所や仮設住宅の生活を余儀なくされている方がたの辛さを思うと、簡単に「希 望」とは言えないのかもしれません。「仙台いのちの電話」もこの震災で大切な仲間を失い、津波に車ごと巻き込まれ、辛うじて命を取り留めた相談員など、多 くの方が喪失悲嘆を味わいました。「いのち、未来、想い出」の喪失悲嘆です。
 しかし、震災直後、仙台で一時電話の受信が中断されたときでも、仲間のセンターによる「震災ダイヤル相談FD」の支援など、多くの絆に支えられました。 さらに、震災直後から切々と訴えてこられる被災者の声を、電話を通して必死に相談員は受けてきました。「怖い、外に出られない、部屋に閉じこもっている」 と言う様々な訴えから、一人でも孤立させてはいけないとの想いで、支えあう「ほっとカフェ」が始まりました。
 被災した亘理をはじめ、長町、高砂、石巻など、県内の仮設住宅の集会場を訪ねました。初めは、集まるだろうかと心配の気持が、コーヒーやお茶を飲みながらの笑顔が増えはじめ、むしろ私たちが慰められたのです。
 私の友人で、永年後援会員として支援下さったKさんは、家を流され、全てを失いました。それにも拘らず避難所で、励ましのボランテイア活動をしていまし た。笑顔の絶えない彼女も高齢者(私と同じまもなく80歳)です。でも「何もかも失っても、何かが出来るこの私がいる」の言葉に、はっとさせられました。 「生きる意味と希望」への気づきです。「希望学」の玄田教授が「希望は与えるのではなく一人ひとりの眠っている希望を呼び起こす力を目覚めさせるのだ」と 言っています。そのためには「緩やかな絆」が必要で、違う情報を持った人との緩やかなつながりの中に、復興のヒントが見出せるというのです。そう簡単に被 災された心の傷を癒すことは難しいです。しかし、まさに被災した一人ひとりが希望の種を育てていく、それをどうサポートするかであり、いのちのつながりが 生まれるよう努める、「いのちの電話」の役割があると信じるのです。
 「仙台いのちの電話」はあの希望の光が再び一人ひとりの心に甦るようにと祈りつつ、これからもいのちの絆を編み続けたいと願うのです。


お問い合わせは「福岡いのちの電話」事務局へお願いします。
電話:092-713-4343 (平日 9:00〜19:00

土曜、日曜曜・祝日は休みです 



福岡いのちの電話

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